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「プーチンのいないロシアを」を求めてロシア各地で反政府デモ

 外交がうまく進んでいても、内政が順調とは限りません。ロシアの場合は、原油価格が1バレル当たり100ドル近くだった時代から、現在では1バレル当たり50ドル程度まで下落しており、そのしわ寄せがロシア国民に響いています。

 ロシアの苦境はそれだけではありません。ウクライナ、クリミア問題に端を発する西欧諸国の対ロシア制裁はロシア経済の足かせとなっています。

 興味深いことにプーチンは通貨のリーブルを全く防衛していません。輸出には有利なはずなのですが、経済制裁ルーブル安を十分に利用できていないのが現状です。

 そのために、国民の間には不満が鬱積しています。長期政権への反発に加えて、経済の不調が、今回の最大の原因でしょう。

  産経新聞から引用します。

「【モスクワ=黒川信雄】ロシア各地で7日、拘束中の野党指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏(41)の早期釈放などを要求する反政権デモが行われた。同氏は来年3月実施の大統領選出馬を目指しているが、未承認の集会開催を呼びかけたなどの理由で9月下旬に拘束された。治安当局は今月6日、同氏のモスクワ市内の事務所を捜索するなど、圧力を強めている。

 モスクワ中心部で行われたデモでは、雨が降るなか多数の若者らが参加し「プーチンのいないロシアを」などとシュプレヒコールをあげた。IT企業に勤めるワシーリーさん(24)は「われわれに自由があることを示したかった。政権は多くの人々が集まることを恐れている」などと語った。インタファクス通信によると、モスクワのほか一部地域で拘束者が出た。(以下略)」

 ロシアで反体制派は必ず粛清される運命にあります。代表的な例で言えば、アレクサンドル・リトビネンコ暗殺事件でしょう。

 リトビネンコは1962年生まれのKGB将校でした。KGBというのはソビエト時代の情報機関の名前です。ソビエト・ロシアの崩壊以降も、後継組織のFSBに勤務していたのですが、彼に転機が訪れるのは98年のことでした。1998年11月、局の同僚7人と共に記者会見を開き、1997年11月に二人の上司から、ボリス・ベレゾフスキーとミハイル・トレパシュキンの暗殺を口頭で指示されたが、命令を拒否したと発表したのです。そして、当時のFSB長官はウラジミール・プーチンだったのです。リトビネンコはその後逮捕されるのですが、トルコ経由で英国に亡命します。しかし、ロシア、特にプーチンの批判をやめなかったために、2006年ポロニウムという放射性物質を用いて殺害されるのです。

 こうした事件があったために、英国の対ロ不信は根強いものがあります。英国が対ロ制裁に前委向きなのも、こうした経験があったためなのです。