イスラエルからの電話
産経新聞に次のような短い記事が掲載されていました。
「安倍晋三首相は8日、イスラエルのネタニヤフ首相と電話で約15分間会談した。両首脳は北朝鮮情勢や中東和平をめぐって協議し、地域の安定と繁栄のため、引き続き協力していくことで一致した。日本、イスラエル、パレスチナ、ヨルダンの4者による地域協力を柱とした「平和と繁栄の回廊」構想の推進に向けた協力も確認した。ネタニヤフ氏は10月の衆院選での与党の勝利について祝意を伝え、安倍首相は謝意を示した。」
日イスラエル電話会談、北情勢など協議 地域の安定と繁栄に協力で一致 - 産経ニュース
サウジの政変以来、中東が再び動き出しています。その一環としてこのニュースを分析すると興味深い点がいろいろと浮かび上がります。
第一に、これは、イスラエルからの電話であっただろうということです。それは、「衆院選での与党の勝利について祝意を伝え、安倍首相は謝意を示した」という下りからも確認出来ます。
第二に、北朝鮮とイランの関係を考えるならば、安倍首相とトランプ大統領の間で、北朝鮮政策がどのようになったのかを直接確認しておきたいというのがネタニヤフ首相の真意であったと考えられます。ここまでは理解出来ます。
しかし、「日本、イスラエル、パレスチナ、ヨルダンの4者による地域協力を柱とした「平和と繁栄の回廊」構想」に関してはどうでしょうか。唐突であるという印象が否めません。やはり、サウジの政変から始まった中東の激動と関係があったとしか考えられないのです。
[レバノンでの動き]
ところで、現在の中東情勢で一番ホットなのはレバノンです。この点に関しては、アルジャジーラは次のように報じています。
「先週末のサアド・ハリリレバノン首相の突然の辞任は、サウジアラビアが、表だってイランとイランの長年にわたる同盟者であるヒズボラに対して対決する意向を反映しているとアナリストは述べている。
この辞任はレバノンを新たに政治的な混乱に追い込むことになる。というのも、レバノンの脆弱な連立政権は大きな打撃を受け、来年5月に予定されている総選挙も徐々に不確かなものになりつつあるように見えるためだ。
カーネギー財団の中東プログラムのフェローであるジョセフ・バフートは、サウジアラビアとイランの緊張関係は徐々に高まっていたが、最近になって,サウジアラビアは、イランとレバノンのヒズボラと対抗しようとする意思を明快に示すようになったと述べている。
レバノンのスンニ派の政治家であり、長年のサウジアラビアの盟友であったハリリは自らの辞任をサウジアラビアの首都であるリヤドで発表した。
彼は、イランが「レバノンにおける無秩序と破壊」を紡ぎ出しているとし、レバノンの政治抵抗組織でありテヘランと組んでいるヒズボラを「国家内国家を築いている」と非難した。
「私はイランとその同盟者に言う。あなた方のアラブ世界に干渉使用とする努力は失敗したと」とハリリは語っている。そして、この地域は「再び立ち上がり、あなた方が不正に伸ばした手は切り落とされるだろう」と付け加えた。
サウジの皇太子に昨年6月に指名されたモハンマド・ビン・サルマンは、イランに対する強硬な態度をとりつつある。
サウジアラビアとイランの間の長年にわたる権力闘争は、シリアでも繰り広げられた。シリアでは、ヒズボラが、イランの支持を受けたアサド政権側で戦い、さらにイエメンでもヒズボラが戦っている。
「サウジは、彼らがイランの拡張主義と呼んでいるものに対してより積極的になるべき時間だと感じている」とバフートは述べている。「目新しい出来事は、今度はレバノンをその種の火の中に放り込むと決意したことだ」
しかし、サウジアラビアはハリリ辞任への関与を否定している。
サウジの湾岸問題担当相であるタメール・アル・サバーンは、土曜日にレバノンのテレビ局LBCで,ハリリの辞任は自身の意思によるものだと語っている。
にもかかわらず、今回の辞任は、サバーン自身もより敵対的なレトリックを増やす中で生じた。サバーンはヒズボラをテロリスト勢力であるとするツイートを行っている。
「イランと政治的、経済的に、そしてメディアを通じて、協力し共に働くものは誰でも、罰せられるべきだ」とサバーンは10月26日にツイートしている。「それを内外で押しとどめ、それに力で持って対抗する真摯な努力が必要だ」というのである。
ハリリの辞任演説は、サバーンの言葉を映し出していた。辞任の僅か数日前、10月31日には、ハリリはツイッターにサバーンと共に移った写真を投稿し、「長年にわたる友人であるサバーン閣下と長時間にわたり会談する」というキャプションをつけている。
レバノンのジャーナリストであるタウフィク・シューマンは、「ハリリがリヤドで辞任を発表したために、ハリリはサウジアラビアがヒズボラについて使うのと全く同じ言葉を同じ口調で使わざるを得なかった」と語っている。
この言語は「戦争、軍事、そして対決の言葉だ」とシューマンは述べている。
バフートは、サウジアラビアが、ハリリ辞任の背後に控えているという意見を維持している。そして、サウジは、長年にわたる同盟国であるアメリカの恩恵が得られるということがなければ、こうした動きにはでなかっただろうと記している。
「彼らは,時は今と感じている」とバフートは述べる。「長い目で見れば、実際上の問題は、どれほどサウジが辞任を望んでいたか。そして彼らの目的は何かと言うことだ」
<アメリカの圧力>
この数カ月、トランプ政権は徐々にヒズボラに対して批判的な姿勢を強めていた。アメリカは、1990年代からヒズボラをテロリストとして指定している。トランプ大統領は、イランとの核合意への反対の意思を明らかにしている。
先月、アメリカ下院は、ヒズボラとヒズボラを支援する国家に対する追加制裁を全員一致で可決した。
イスラエルは、ハリリの辞任をイランに対して発言する機会として用いている。
イスラエルのネタニヤフ首相は先週の土曜日に、ハリリの辞任は「シリアを第二のレバノン(注:イランの影響圏)にしようとしているイランの侵略行為に対して行動を取らねばならないという国際社会への警鐘である」と述べている。
ベイルートのアメリカン大学の行政学の准教授を務めるカルメン・ゲハは、辞任は「ヒズボラに対する批判が高まっているときに、ハリリが辞任した」と述べている。
ヒズボラの事務総長を務めるハッサン・ナスララは、ハリリの辞任に関してコメントを求められている。
ゲハは、ナスララの演説が、ハリリがサウジに亡命したことを非難し、レバノンにおけるヒズボラの重要性を宣言するものになることを期待していると語った。「和解はもう無理なのです」とゲハは語っている。
<次のステップ>
国内では、ハリリの辞任は、レバノンを「長期にわたる政府の危機」に陥れるとバフートは述べている。総選挙は来年の5月に予定されている。しかし、政府が存在しなければ、投票も行われないだろうとバフートは述べている。
公式には、レバノンの大統領ミシェル・アウンは、ハリリの辞任を受け入れざるを得ない。
ヒズボラの同盟者であるアウンは、新たな首相を任命しなければならない。しかしその首相は,レバノンの分断された政治システムの中では、スンニ派イスラム京都になる。
しかし、それは非常に困難である。というのも、ハリリが主導する連立政権は、数年にわたる混乱の末にようやく昨年発足したものであるためだ。
ゲハは、実務レベルではレバノン内閣は機能するが、レバノンの政治システムは「完全に麻痺する」だろうと述べている。
「最小限の社会経済駅安定性の最低水準を維持するという意思が表示されようとされまいと」ハリリ辞任の結果政治的多極化は避けられないとゲハは予測している。
ハリリの代わりになるスンニ派のレバノン人政治家がいないわけではない。しかし、その辞任がサウジと結びついていれば、その継承者に関する地域の合意が必要になるとゲハは語っている。
「今度は、首相を据えるのは困難だろう」と彼女は述べる。「もしこの辞任がサウジ主導ならば、地域の合意形成に時間がかかる」
How will Hariri's resignation affect Lebanon? | News | Al Jazeera
この記事を読む限りではハリリの辞任によりレバノンの政治的混乱は避けられないということになりそうです。組閣ができないというのですから仕方がありません。その結果、ヒズボラの活動に一定の制約が加えられることになるでしょう。再び内乱ということになれば、海外で活動することは事実上不可能になります。
[ヨルダンでの動き]
このレバノンでの動きに対照的なのが、ヨルダンです。
「サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、3か国の領土の一部を内包するとされる大きな投資都市が建設されると発表した。
都市の建設は、最初の段階が2025年に完成すると伝えられた。
サウジアラビアの国営通信SPAのニュースによると、ネオムという名のこのプロジェクトは、26.500平方キロメートルの領域を内包する。
このプロジェクトのために何十億ドルもの資金が割り当てられていることが伝えられた。
ヨルダンとエジプトは、サルマン皇太子の発表に関する意見は伝えていない。
サルマン皇太子を主導者とする非常に重要なこのプロジェクトは、石油に依存するサウジアラビア経済の多様化を視野に入れた2030年ビジョンとして知られる。
石油に依存する経済からの脱却を目標にした、民営化から国防、雇用から女性の労働条件や観光まで多くの分野で改革が行われるこのプロジェクトには、サルマン皇太子の署名がある。」
サウジアラビア、ヨルダン、エジプトの領土内に共同都市 | TRT 日本語
一方で政治的流動化、一方で新都市を建設というのですから、これ以上明確な対比もないでしょう。現在のサウジアラビアは、アメリカの強い影響力の下にあります。今回のサウジの政変も、中国によるサウジアラムコの買収を阻止するために、アメリカがけしかけた可能性が高いと考えられます。そのアメリカは、トランプ大統領の女婿のクシュナーを介してイスラエルと非常に緊密な関係があります。イスラエル・サウジアラビア・アメリカの三カ国による対イラン同盟が姿を現しているといえるでしょう。そして、今回の新都市建設計画からは、サウジアラビアのサルマン皇太子の野心家ぶりが窺えます。今後も目が離せませんね。