FirstHedge 明日の投資情報

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アメリカはなぜイランを憎むのか

 意外と忘れられている事実として、コバールタワーテロ事件が、アメリカ同時多発テロが発生するまでの、テロの被害が最大の事件であったという事実です。それ以外にも多くのアメリカ人が拉致され、虐殺されるか人質として身代金を取られています。
 結局の所、イランという国家の発想は極めて古代国家のそれなのです。建前はシーア派イスラム教を奉じるイランは、口には出さないものの、ペルシャ帝国の末裔を誇りにしているところがあるのです。
 オリエントの古代国家であれば、当然と思える行為であっても,現代では通用しないものです。
 アメリカが嫌いなものは、前近代的なものです。それがかつては因習に囚われたヨーロッパだったわけですが、それが人の命を何とも思わないイランの政治手法には、毛嫌いするしかないのです。
 イランはイランで、79年のイラン革命時に、米国大使館員を捕虜に取っています。アメリカの大使を捕虜に取ったという(おそらくは誤った)勝利体験が、その後の混乱を生んでいるように思います。
 現在のアメリカのトランプ政権が親イスラエル政策を採用する以上、今後もイランとの対決的姿勢は強化されることでしょう。

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(右がペンス副大統領、左が麻生副総理です)

 「マイク・ペンス副大統領は、月曜日にワシントンDCの海兵隊宿舎を訪問し、1983年の海兵隊兵舎爆破事件の追悼式典に出席するとホワイトハウスは発表しました。
 241名の米兵が死亡したこの事件の追悼式典の前に、当時の生き残りと面会する予定です。
 ペンス副大統領は、第二次大戦の硫黄島以来最大の死傷者を出したテロ事件の追悼を行う予定です。
 1983年10月23日に、2000ポンドの爆発物を積載したトラックが、海兵隊の宿舎に突入し、宿舎を爆破しました。
 当時のロナルド・レーガン大統領は、1982年にベイルート海兵隊を派遣していました。レバノン内戦における平和維持活動のためです。この爆破事件から4ヵ月後に米軍は撤退しました。
 アメリカは、テロ組織であるヒズボラが,イラン政府の指示を受けてテロ攻撃を行ったと判断しました。
 この爆破テロ事件は、2016年にアメリカの最高裁で争われました。その結果、1983年のテロ事件の被害者となった兵士の家族はイランから20億ドルもの賠償金を払わせることが許されねばならないという判決が下されました。」

Pence to mark anniversary of Marine Corps barracks bombing | TheHill

 この記事では、はっきりと明示されていませんが、このテロ事件へのイラン政府の関与は通信傍受記録から明らかになっています。北朝鮮よりも許せない国があるとすれば、それはイランなのです。
 30年近く経ってから裁判が行われ賠償が認められるというのも興味深い点です。こうした判決が下されるならば、アメリカ同時多発テロを支援していたと考えられるサウジ・アラビアにも、いずれ司法の場で追求されることになるでしょう。