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バノンが米中対立を生み出す

 たまに、とんでもない記事が掲載されるのがブルームバーグの良いところです。アラバマ州共和党上院議員予備選では、トランプ大統領が押す現職に対して、スティーブ・バノンが押す候補が勝利を収めました。
 この例だけを見れば、バノンはトランプと対立しているように見えます。しかし、翌々は以後の動きを見れば、むしろバノンはトランプ大統領の別働隊と考えた方が適切であることがわかります。
 何よりの驚きが、バノンが、ヘンリー・キッシンジャーと、著名な戦略家のアンドリュー・マーシャルと何度も会談を重ねているという指摘でした。
 これが事実ならば、バノンは半ば公式の役割を担って現在の活動を継続していると言えます。そして、その帰結は経済問題を巡る米中の対立なのです。

 

まず、肝心のブルームバーグの記事を紹介しましょう。わかりやすいように原文にはない小見出しをつけておきました。

「<トランプとの対決の裏で>
 トランプ大統領の主任戦略担当官であったスティーブ・バノンは、トランプの右腕としてナショナリスト的政策を背後から推進してきました。とはいえ、一時的にしか成功を収めなかったのですが。8月18にバノンがホワイトハウスを去って以降、彼はより公共的な役割を担うことになりました。テレビ番組の60 Minutesで共和党の議会指導者達に対する宣戦布告を行い、アラバマ州共和党上院議員予備選で、議会指導者とトランプ大統領本人が支援するルーサー・ストレンジに対抗して、ロイ・ムーアを支援したのです。バノンは、ホワイトハウスを離れた後、「トランプのために戦争に行く」ことにエネルギーを費やすと公言していました。
 とはいえ、9月26日の予備選のムーア候補の勝利は、スティーブ・バノンという人物の影響力がいまだに健在であることをしめすものでした。そして、バノン自身が、政治的な勢力であることも明らかにしたのです。「ポピュリスト・ナショナリストの運動は、アラバマにおいて、正しい考え方と草の根組織の支持を持つ候補者が勝利を収めることができることを証明した」とムーア候補を勝利に導いたバノンは述べています。そして、「次の我々の目標は、共和党を乗っ取る(take over)候補者をリクルートすることだ」と言い切っているのです。

 

<トランプに警鐘を鳴らすバノン>

 バノンは海外でも自らの文化大革命を遂行中です。バノンは、キッシンジャーやその他の外交問題の元実務家と協議を重ねており、彼が考えるアメリカにとって主要な経済的脅威、すなわち中国に関して警鐘を鳴らす計画を準備中です。「我々が中国に関連する自らの状況を整理しておかねば、我々は経済的に崩壊してしまうだろう」とバノンは、元の古巣ブレイトバート社の社屋で語っています。バノンは、ホワイトハウスを出て後、このブレイトバート社に戻りました。「技術面でのアメリカのイノベーションを強制的に中国に移転するということが、現代の最大の経済ビジネス上の問題だ。我々が対処するまで、中国は我々のイノベーションを着服し、自らのシステムに組み込むことをやめないであろう。そして、我々(アメリカ)を、英国にとってのジェームズタウン
のように、植民地、属国にしてしまうのだ」
 大統領選の候補者の頃、トランプ大統領は、中国に対して積極的な行動を取ると誓っていました。トランプ大統領は、現在は、語る言葉こそタフですが、彼はこの脅威にほとんど対処していません。他の問題同様、彼の選挙中のレトリックは、現実の壁にぶち当たることになりました。「我々はいまだに中国を経済上のパートナーではなく経済的な敵として扱うべきだと主張している」とシンクタンクのアメリカン・エンタープライズ・インスティテュートの中国専門家であるデレク・シザースは述べている。「しかし、我々はこの方向での行動をまだ目にしていない」とシザースは付け加えています。

 

キッシンジャーとのやりとり>
 進歩が見られないために、バノンは、中国に対しもっと積極的に対抗する点で、アメリカ人に注意を喚起し、政治的に圧力をかける政府外の組織が必要だと確信するようになりました。バノンの決心を固めさせたのは、コネチカット州にある自宅での、キッシンジャーとの会談でした。バノンによれば、ニクソン大統領の国務長官は、1970年代初頭の時期を例に挙げました。当時アメリカの指導者達はベトナム戦争を終了させることに腐心していました。その一方で、政権外部の外交問題タカ派は、ソビエトに対する冷戦で敗北しつつあることを懸念していました。こうした懸念のために、1976年には、ポール・ニッツエとディーン・アチソンの外交方針を推進するために1950年に創設された冷戦期のロビー組織「現在の危機に関する委員会(the Committee on
the Present Danger)」を復活させたのです。その目的は、ソビエトの脅威に対抗するアメリカの決意を強化し、デタント(緊張緩和)とSALT II 武器制限交渉に反対するロビー活動を行うことでした。「彼らは、内部からはそれを行うことができないことを良く理解していた」とバノンは語っています。「一旦政権からでなければならない。そして、闇夜の火球のように、アメリカ人の目を覚まさせなければならないんだ」ホワイトハウスを去って以来、バノンは、42年間にわたって国防総省のネット・アセスメント局の局長を務めていたアンドリュー・マーシャルとも会合を重ねています。アンドリュー・マーシャルも、現職中に、アメリカと中国との対立を予想していました。
 表面上、キッシンジャーが物騒なイデオローグであるバノンのような人物に助言を与えようとする関心は、並々ならぬものがあるように見えます。94才のこの老人は、1971年に米中国交回復のために初めて中国の地を踏んで以来、80回以上中国を訪れています。彼は国際コンサルタント会社を立ち上げ、長年にわたり中国にとって米国の歴代大統領とのお気に入りの橋渡しでありつづけました。外交問題評議会(CFR)のアジア研究デスクのエリザベス・エコノミーは、「実に奇妙です」と述べています。「キッシンジャーは、G2論の最も著名な支持者の一人であったためです。G2論とは、アメリカにとって最も重要な関係は中国との関係であるという考え方です」しかし、彼女は「ホワイトハウスにいまだに影響力を持っている人物に会うことにキッシンジャーは何の抵抗も見せていないのです」と付け加えています。この件に関して、キッシンジャーはこの件に関してコメントを拒否しています。

 

<バノンの香港外遊>
 9月の中頃、ホワイトハウスを去って以来、初めて外遊にでました。彼が向かった先は、香港でした。そこでバノンは、中国の投資銀行が所有する取引所開催の投資家向けの会議の場で、アメリカの経済ナショナリズムとアジアの未来を語ったのです。「私は香港を選んだ。なぜなら経済ナショナリズム運動が中国に生まれているためだ」とバノンは述べています。
 バノンの観点では、中国は、中国企業への技術の強制移転といった不公正な貿易慣行をとることでアメリカを害しているというのです。多くの専門家も合意するように、バノンはその悲惨な結末を直視しています。「中国の外交史には4千年の歴史がある。最近の150年を除けば、全ては「野蛮人の管理」に焦点が当てられていた。」と彼は述べます。貿易相手に対する中国の歴史的な姿勢は、利用して潜在的に相手に破滅をもたらすとバノンは主張しています。
さらに、バノンは続けて「『野蛮人の管理』とは、常に、野蛮人を朝貢国(tributary state)にすることだった」「我々の朝貢は我々の技術だ。それこそが、マーケットの参入にひつようなものだ。中国はそこから過去10年間で3.5兆ドルもの利益を上げた。我々はアメリカ資本主義の基本的な本質、すなわち我々のイノベーションを引き渡さなければならないのだ」と述べています。

 

ホワイトハウスの妥協>
 ホワイトハウスでは、バノンや国家通商会議議長のピーター・ナヴァロ、ウィルバー・ロス商務長官が、より積極的な対策を要求していました。夏の間に、米国通商代表のロバート・ライトハイザーは、1974年の通商法第301条に基づき中国の知的所有権剽窃に関する調査を開始することを発表しました。しかしこの動きはナショナリストが好む関税化にはつながりませんでした。
 ライトハイザーは、トランプ政権は、こうした措置をいつでもとれるという合図を送っています。9月18日に、ライトハイザーは、ワシントンで、バノンの懸念の多くを連想させる講演を行いました。「現状では、過去よりも実質的により困難なチャレンジが存在する。それは中国だ」「経済を発展させ、補助金を与えて優良な国有企業を生みだし、技術移転を強制し、中国と全世界のマーケットを歪めようとする中国の努力の規模は、世界の貿易システムにとっての前例のない脅威である」
 トランプ大統領は、経済的・軍事的・政治的理由から中国への制裁を引き下げました。ホワイトハウスの高官、たとえば、スティーブ・ムニューシン財務長官や、経済担当補佐官のゲイリー・コーンは、ゴールドマン・サックスグループの出身ですが、関税、もしくは同様の措置が貿易戦争を引き起こすと恐れています。トランプ政権は、税制改革に焦点を絞るために外国の鉄鋼製品への関税措置の決定を延期してきた、とロスは述べています。トランプの最も差し迫った外交上の懸念は、北朝鮮の封じこめであり、中国側の協力がものを言う問題となっています。9月24日に、ロスは、11月のトランプ訪中準備のために北京に向かいました

 

<バノンの目論見>。
 バノンは、自分や中国のタカ派が圧力をかけて、トランプ大統領が行動に向けて動き出すことを期待しています。その目的のために、彼はグローバルな会議に出席する計画を立てました。「我々は、ブレイトバートのスポンサーが、2018年中頃に、サハラ以南のアフリカ、ペルシャ湾中欧、東アジアでの安全保障問題を討議する会議に資金を抱いてもらうことを事前に議論している。」とバノンは語っています。
 バノンがいまだにトランプ大統領に影響力を持っているかどうかは明らかではありません。しかし、バノンはいまでも大統領とコンタクトを欠かしていません。香港への旅行の間も、です。問題は、バノンが、大統領選の時の対中強硬路線にトランプ大統領を引き戻すことができるか否かなのです。「バノンは風車を揺らしてきた」とAEIのシザーズは述べています。「しかし、いくつかの風車が倒れてしまいましたが、彼はまだ健在です。したがって、彼を軽視するのは誤りでしょう」
 実は、北京も同じように考えているのです。バノンの香港訪問中、中国共産党の最高幹部にして、習近平の反腐敗運動の片腕である王岐山と会談を行っています。(キッシンジャーも、トランプが選挙で勝利を収めた直後に王岐山と会談を行っています)「中国は、少なくとも50%以上の確率で、バノンが、ホワイトハウスを去った後も、トランプ大統領に影響力を持っていると考えています」と、先のCFRのエコノミー女史も述べています。「だから、中国は、バノンの中国訪問を、彼の発想を知り、政権内部で何が起きているのかを知るチャンスと見なしているのです」バノンは会談の詳細を明らかにしていませんが、「自分は見解をソフトにはしていない」とバノンは述べています。
 アラバマ州に話を戻すと、ムーアの勝利はバノンの政治力に勢いを与えることになるでしょう。特に、この勝利が外部の人間が共和党の現職議員に挑戦するときはなおさらでしょう。ムーアの勝利の翌日には、バノンはコロラドに飛び、2018年のポピュリストの心情を引き継ぐ西部諸州での候補者の面談を行っています。共和党ナショナリズムに近づけようとする彼の努力は、中国に対する強硬な姿勢を促すことになるだろう、とバノンも語っています。「18から20の選挙区で、中国を問題にするつもりだ」
 バノンがトランプ大統領を説得出来るにせよ、出来ないにせよ、共和党自由貿易を支持していると想定できる時代は恐らく終わったのです。「現在の米国の政策の方向性は、ポピュリズム孤立主義、良きにつけ悪しきにつけ中国のバッシングに向かっている」とシザーズは語っています。『もし私が、商売を守ろうとするゴールドマン・サックスやその他の大銀行であれば、私は不安になっているだろう』」

Bannon’s Back and Targeting China - Bloomberg

 このブルームバーグの記事のどこがショックかと言えば、バノンの活動が、明らかにアメリカでも最高の戦略家とされる、ヘンリー・キッシンジャーとアンドリュー・マーシャルの支援を受けていることでした。
 キッシンジャーはご存知の方も多いと思います。彼は、これまで米中関係を重視する姿勢から、日本をしばしば軽視する行動を取ってきました。その、キッシンジャーが、今度は従来の主張を変えて、対中強硬策の方法論をバノンに授けているというのは、時代の変わり目を感じさせる出来事です。

 アンドリュー・マーシャルと言えば、いち早くソビエトの崩壊を予想した稀代の戦略家として有名です。日本にもマーシャルの孫弟子に相当する方がおられます。『帝国の参謀』という書物が刊行されていますので、よろしければそちらもご一読ください。非常にスリリングな本です。
 結局の所、もう、アメリカは、本気で中国と対決する心づもりなのです。それが、軍事面に及ぶのか、経済の次元で話が終わるのかはまだわかりません。しかし、冷戦終結以降、日本をしばしば苦しませてきた米中の蜜月が、ここに終わりを告げようとしています。米中の時代は終わり、日米の時代が始まろうとしているのです。