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カタール危機再考(2)

 (1)の続きです。
1.暗躍するUAE
2.トランプの動機
3.カタールをめぐる国際関係
4.カタール危機の本質

 

1.暗躍するUAE
 アラブ首長国連邦の駐米大使がトランプ大統領にカタールの米軍基地を使ってカタール政府による過激派支援を停止させるべきだと主張している。
 「空軍基地は追加的な圧力に対する実に良い保証となる」と述べるのはUAEの駐米大使ユセフ・アル・オタイバである。彼は火曜日に「恐らく米下院議員の誰かが公聴会を開いて、『空軍基地を別の場所に移動させた方が良いのではないか』といってくれることでしょう」と付け加えた。
 先週、サウジアラビアが主導するアラブ諸国の連合はカタールとの外交関係を断絶し、カタール政府が中東のテロリストを支援していると非難した。ドーハはこの罪状を否定したが、UAEにとっては不十分だったようだ。「もう十分。もううんざりですよ」と語るのは、オタイバ大使である。
 オタイバ大使によれば、カタールの米空軍基地は、カタール政府が中東における不安定性を支援しつづけるカバーとなっている。「率直に言って、カタールに対して行動が取られなかった理由は、空軍基地のためなのです」
 火曜日に、マティス国防長官は、カタールを巡る外交危機は、ロシアによる西側とその他の世界の不安定化策の兆候であると語っている。
 マティス長官は、民主党のエリザベス・ワレン上院議員への質問に答えて、ロシアは「多国間の同盟を破壊しようとしている。(・・・)多国間同盟は世界を安定化させる影響を持っている」と述べた。
 とはいえ、このマティス長官の発言には違和感がつきまとう。なぜなら、今回の危機はトランプ大統領が、カタールを糾弾するサウジアラビア諸国を積極的にバックアップしているためだ。そして、UAEはカタールの米軍基地移転を主張している。サウジ側のロビイストが有能であれば、空軍基地の移転の可能性もありうる。
 その時、ペルシャ湾はどうなるのか。カタールを支持するイラン・ロシア・トルコと、カタールを批判するサウジアラビア、UAE,バーレーン、エジプト、それにアメリカが軍事的に対立する構図が完成する。カタールスンニ派イスラム教国であるから、もはやこれは宗教戦争ですらない。これが第3次大戦にならないと誰が言えるのか。

2.トランプの動機
 それにしても、トランプ大統領はカタールだけになぜ強硬な姿勢を取るのだろうか。その原因として指摘されているのが、過去の怨恨である。
 英国のインディペンデント紙によれば、トランプと娘のイヴァンカは、7年前にカタールを訪問している。そこでトランプはカタール政府の2名の高官に、投資を求めたというのである。その高官の1人がカタール投資庁の執行委員会メンバーであったフセイン・アル・アブドゥラ、もう1人が王族の1人で当時首相を務めていたシェイク・ハミド・ヤセム・アル・サーニであった。
 しかし、この交渉は失敗に終わった。アル・アブドゥラは、毀損した不動産ファンドを必死に売り込むトランプに辟易としたと伝えられている。一方で、シェイク・ハミド・ヤセム・アル・サーニは、トランプの言い分を最後まで聞き届けた。しかし、カタールは資金を出さなかった。カタール投資庁は、3380億ドルもの資産額を持つ世界でも2番目の規模を誇る国家ファンドである。このカタールとの交渉で、トランプがカタールに対して悪印象を持ったとしても否定は出来ないだろう。
 そして娘のイヴァンカは夫のジャレッド・クシュナーと共にもう一度カタールに赴いている。これはクシュナーの666フィフス・アベニューというオフィスビル売却を巡る交渉であった。この交渉は2016年まで続いていた。クシュナーの父のチャールズ・クシュナーもシェイク・ハミド・ヤセム・アル・サーニとの交渉に当たっていた。この交渉は数か月前まで継続されていた。
 トランプ大統領のカタールに対する厳しい姿勢の原因が、過去の取引の失敗に原因があるとすれば、これは由々しき事態ではないだろうか。

3.カタールをめぐる国際関係
 ただ、今回のカタール危機で、カタールが一方的に孤立していたわけではない。オマーンは、商船団を用いて、食料をドーハに輸送した。モロッコも、国王モハメド4世の直接の指示によりカタールに与している。これはカタールを孤立させると、アラブの春のような混乱が生じかねないと判断したためだ。
 そこにトルコによる食糧支援が加わる。しかも、トルコ製の食品は好評なようだ。イランは、サウジやUAE上空を飛行できなくなったカタール航空に対して、領空の飛行を許可している。クウェートは、湾岸協力会議GCC)の崩壊を望んでいない。そのために積極的に仲介に乗り出している。
 とはいえ、最も巧みな外交を見せたのが、ロシアのプーチンであった。彼は、カタールの支援をすぐに表明した。しかし、サウジアラビアへの批判は行わなかった。これは当然であった。というのも、断行の数日前に、モハンマド・ビン・サルマン国防相兼副国王がクレムリンを訪問していたためだ。そのモスクワ行きの目的は、シリアと原油価格をめぐる協議のためであったと考えられている。
 結局のところ、プーチンは、一方では、シリアの過激派を殲滅し、他方で、湾岸のピースメーカーとなることには何の矛盾もない。むしろ、全体としてみれば、今回のカタール危機では、覇権国家アメリカへの中東諸国の信頼を損なった点で、トランプの大きな失策であったといえるだろう。

4.カタール危機の本質
 国際関係を扱うには、大まかに分けて2つの方法がある。一つは、特定の国や地域の深い研究に根差した知識に基づいて、多くのパラメーターを持つ複雑で学際的なモデルを用いるという方法である。伝統的な地域研究の手法といっても差支えはないだろう。
 もう一つは、経済的な観点から国際関係を考察するというものだ。その際には、何らかの合理的行動を前提にする。そして、ゲーム理論を駆使し、富の確保を重要な政治的目的とする。
 言うまでもないことだが、経済モデルは国際関係の研究にとって代わったことはない。しかし、定期的に、アナリストが何を語っているのかはチェックしておいた方がよい。そして、まさに今、赤い緊急警報が鳴り響いている。サウジアラビアとその他6か国が、大部分の食料を海外から輸入している脆弱な国家カタールに対して通商と国境の遮断を行っているのだ。
 トランプ大統領の外交は、上の二つの手法でいえば、経済的な利害を考慮したものとなっている。サウジアラビアは、カタールに対して、イラン、ハマスムスリム同胞団と断交し、アルジャジーラを閉鎖することを求めているとされる。こうした要求が事実であろうとなかろうと、国境・通商封鎖は権益を要求している。そして、権益を要求するために戦争を行っているのは明らかである。仮にカタールが屈したとしても、それはそれでよりグローバルな同盟関係が危機に瀕することになるだろう。
 経済モデルによる外交政策では、巨大で強力な国家が、資源にあふれた小国をなぜ奪取しないのかは謎となる。今回の場合、カタールは明らかに被害者である。実際、1990年にイラクの侵攻を受けたクウェートと酷似している。カタール福島県よりも少し大きい程度の面積しかない。しかし、イランと膨大な埋蔵量の天然ガス田を共有しているために、一人当たりの収入が12万9千ドルにも及ぶ世界で最も裕福な国家の一つなのだ。人口は300万人に満たない。そしてその90%が外国人労働者なのである。
 カタールが独立を維持できている理由の一つは、湾岸戦争時代にさかのぼるアメリカからの庇護を受けているためである。米空軍基地がその証なのである。
 結局のところ、カタールの命運を握っているのは、アメリカなのである。レックス・ティラーソンを中心とする国務省は、状況を改善し、サウジその他の国々をけん制しようとしている。しかし、それに対して、トランプ大統領はサウジの圧力を支持し、カタールに対する「強硬ではあるが必要な行動」を維持している。
 もし、トランプが自分の意思を通そうとするならば、カタールはいくらかの要求を受け入れるか、イランやトルコの介入を求めることになる。これらのシナリオのうちどれが実現するかはわからない。しかし、アメリカによる平和の保証の価値は、とりわけ、小さく脆弱な国家にとっては、あらかた失われてしまったといってよい。自国に他国の軍事基地を設ける場合、それはホスト国の主権を損なわないと一般的に期待されているためだ。米軍がホスト国の主権を脅かすとすれば、同盟関係という大原則を大きく突き崩すことになる。しかし、現在アメリカは、その大原則を踏みにじっているのだ。
 自分がシンガポールの指導者であると仮定してみよう。シンガポールは常に中国とインドネシアという二つの大国から圧力を受けている。そして、シンガポールには米軍基地が設置されている。しかし、今回のカタールのような事例を目にすれば、米軍基地を置く利益について考え直さざるを得ないだろう。クウェート然り、バーレーン然りである。韓国は、コソボは、ギリシャは、そしてジブチはどうなるというのか。基地こそ置いてはいないものの台湾の運命はどうなるというのか。台湾関係法など紙切れ一枚にすぎないではないか。
 より多くの国々がアメリカの庇護に疑問を持つようになれば、イランやトルコといった地域大国の台頭を許すことになる。小規模で脆弱な国家への関与が弱まれば、より大きな同盟関係、例えば日米安保条約北大西洋条約機構も弱体化することになる。
 例えば、北大西洋条約第5条は次のように規定されている。
 「締約国は、ヨーロッパ又は北アメリカにおける一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなすことに同意する。したがつて、締約国は、そのような武力攻撃が行われたときは、各締約国が、国際連合憲章第五十一条の規定によつて認められている個別的又は集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復し及び維持するためにその必要と認める行動(兵力の使用を含む。)を個別的に及び他の締約国と共同して直ちに執ることにより、その攻撃を受けた締約国を援助することに同意する。」
 この第5条をトランプ大統領はなかなか認めようとはしなかった。現在でも本音は認めていないだろう。とするならば、アメリカの海外での信頼性が、突然ゼロになる日も近いといわねばなるまい。
 それ以前に、先に示したように、カタールをめぐっては、2大勢力による国際紛争がいつ生じてもおかしくない状況にある。こうした状態を前にして、安倍首相は、外務省は何のアクションも起こさないのだろうか。いうまでもなく日本にも米軍基地はある。しかし、今トランプ大統領は、その基地のホスト国を公然と裏切っているのである。過激派の関与をいうのであれば、サウジアラビアも同罪のはずだ。武器の購入先であり、原油の輸出国であるという理由だけで、カタール包囲に与するのであれば、アメリカは金の亡者に過ぎないという評価が残るだけだ。これでは、中国との戦争に勝利することはできない。今日のカタールは、明日の日本でないと誰が言えるだろうか。